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フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright、1867年6月8日 - 1959年4月9日)は、アメリカの代表的建築家。アメリカ大陸と日本に作品を残している。近代建築の四大巨匠(ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ、ヴァルター・グロピウス)の1人とも呼ばれる。
ウィスコンシン州立大学の土木科に在学していたライトは、1987年に卒業まであと半年を残したところで大学を中途退学し、シカゴへ向かった。叔父ジェンキンの紹介により、建築家のライマン・シルスビーの事務所で働き始めたが、1年ほどでシルスビーの事務所を辞し、ダンクマール・アドラーとルイス・サリヴァンが 共同して設立したアドラー=サリヴァン事務所へと移った。アドラー=サリヴァン事務所ではその才能を見込まれ、1888年以降のほとんどの住宅の設計を任 せられた。また、ライト自身もサリヴァンをLieber Meister (愛する師匠)と呼んで尊敬し、生涯にわたりその影響を肯定し続けた。
アドラー=サリヴァン事務所に勤めてもうすぐ7年になろうとした1893年、事務所での設計業務とは別にアルバイトの住宅設計を行っていたことをサ リヴァンに咎められたライトは、アドラー=サリヴァン事務所を辞し、独立して事務所を構えた。独立した1893年から1910年までの17年間に計画案も 含め200件近い建築の設計を行い、プレイリースタイル(草原様式 Prairie Style)の作品で知られるようになった。1906年のロビー邸はその代表的作品である。
そのスタイルには変遷もあり、一時はマヤの装飾を取り入れたことがあるが、基本的にはモダニズムの流れをくみ、幾何学的な装飾と流れるような空間構成が特徴である。浮世絵の収集でも知られ、日本文化から少なからぬ影響を受けていることが指摘されている。
施主の妻と不倫・駆け落ちをしたり、その妻が使用人に殺害されるなどのスキャンダルを起こし、仕事がなくなった時期に引き受けたのが日本の帝国ホテルの仕事であった。
孫娘に、アカデミー賞女優のアン・バクスターがいる。
ライト自邸と事務所 (アメリカ合衆国イリノイ州オークパーク、1889)
ウィンズロー邸(1894)
ユニティ教会(1904)
ロビー邸(1906)
カウフマン邸/落水荘(1935)
ジョンソンワックス社(1936)
タリアセン・ウエスト(1937)
グッゲンハイム美術館(1956)
ベス・ショーロム・シナゴーグ(ペンシルベニア州エルキンズ・パーク、1954)
マリン郡役所(1957-1966)
リトル・ハウスの居間がメトロポリタン美術館に再現。また帝国ホテル玄関のオブジェの一つも展示。
帝国ホテル (1967年取り壊し、玄関部分のみが愛知県犬山市の博物館明治村に移築、1923年)
自由学園明日館 (東京都豊島区、遠藤新との共同設計、国重要文化財指定、1926年)
山邑邸 (現 ヨドコウ迎賓館、兵庫県芦屋市、国重要文化財指定、1924年)
旧林愛作邸 (東京都世田谷区、現 電通八星苑、非公開、1917年)
谷川正己 『フランク・ロイド・ライト』 鹿島出版会(SD選書)、1967年
谷川正己 『ライトと日本』 鹿島出版会(SD選書)、1977年
フランク・ロイド・ライト 『ライト自伝 ある芸術家の形成』 樋口清訳、中央公論美術出版、1988年
フランク・ロイド・ライト 『ライト自伝 ある芸術の展開』 樋口清訳、中央公論美術出版、2000年
William Allin Storrer 『フランク・ロイド・ライト全作品』 岸田省吾監訳、丸善、2000年
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